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広島地方裁判所 平成9年(ワ)896号 判決

原告

黒田勝敏

広島県漁船保険組合

右代表者理事

杉本壽

原告ら訴訟代理人弁護士

水中誠三

青山裕

被告

学校法人鶴学園

右代表者理事

鶴衛

右訴訟代理人弁護士

田中千秋

主文

一  被告は、原告黒田勝敏に対し、二七二万二七六七円及びこれに対する平成九年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告広島県漁船保険組合に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らのその余を被告の各負担とする。

五  この判決は、第一、第二項について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告黒田勝敏(以下「原告黒田」という。)に対し、八一六万八三〇一円及びこれに対する平成九年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告広島県漁船保険組合(以下「原告組合」という。)に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告黒田が操船する漁船が、被告が開設する高等学校の課外のクラブ活動として使用中のヨットに衝突して、ヨットに乗船していた生徒が死傷した事故について、被害者又はその遺族に損害賠償をした原告黒田及び同原告に漁船保険に基づき保険金を支払った原告組合が、被告にもクラブ活動に関する指導監督上の注意義務違反があり三割の責任があるとして、共同不法行為者間の求償等及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件の主たる争点は、被告の課外のクラブ活動に関する指導監督上の注意義務違反の有無及び右事故に対する寄与の程度であるが、被告は、原告らの請求が権利の濫用である旨も主張した。

一  当事者間に争いがない事実(ただし、1のうち本件事故発生場所については甲第三〇号証により、3については甲第七五ないし第七八号証、第八一、第八二号証及び弁論の全趣旨により、それぞれ認める。)

1  原告黒田は、漁船「大黒丸」(一七トン。以下「本件漁船」という。)を操船して航海中の平成七年七月八日午後三時一〇分ころ、広島湾内の地御前港西防波灯台(以下「本件灯台」という。)からおよそ一五五度一六二〇メートルの地点において、被告が開設する広島工業大学附属広島高等学校(以下「被告高校」という。)ヨット部の部員等が乗船したヨット「プレジャーボートエフ・ジェイ六四七」(全長4.03メートル、幅1.47メートル、深さ0.58メートル。以下「本件ヨット」という。)に本件漁船を衝突させる事故(以下「本件事故」という。)を発生させた。

2  被告高校ヨット部員である伊藤秀司(以下「伊藤」という。)及び福永貴啓(以下「福永」という。)並びに被告高校ヨット部入部希望者である味呑由貴子(以下「味呑」という。)は、本件事故当時、本件ヨット又はそれに引かれたゴムボートに乗船していたが、伊藤は、本件事故に際し、本件漁船衝突の危険を感じて本件ヨットから海中へ飛び込んだところ、本件漁船の推進器により右頚動脈を損傷して失血症で死亡し、福永は、本件事故により、入院加療一八日間を要する左腓骨開放性骨折等の傷害を負い、味呑は、本件事故により、入院加療一三日間を要する頭部裂創等の傷害を負った。

3  原告黒田は、平成七年一二月一日、伊藤の相続人に対し、本件事故に関する損害賠償金として七〇〇〇万円を支払い、原告組合は、原告黒田が保険金五〇〇〇万円を限度とする原告組合の漁船保険に加入していたため、原告黒田に対し、五〇〇〇万円を支払い、また、原告黒田は、同年九月二三日、味呑に対し、本件事故に関する損害賠償金として七九万八一三〇円を支払い、平成九年一一月一〇日、福永に対し、本件事故に関する損害賠償として六四二万九五四〇円を支払った。

二  争点に関する当事者の主張

1  原告ら

(一) 本件事故の主たる原因は、原告黒田が前方の見張りを十分にしていなかった過失にあるが、被告側にも次のような注意義務違反があるので、三割の責任がある。

(二) 被告高校の校長松谷英明(以下「松谷校長」という。)及びヨット部顧問である教諭髙橋俊之(以下「髙橋教諭」という。)には、課外のクラブ活動であるヨット部の活動に参加する生徒の生命身体の安全について万全を期すべき注意義務があり、被告には、使用者としての責任がある。特に、ヨット部の活動は、海上での活動が中心となり、天候や海の状態、操船者の技能等に左右される可能性が高く、クラブ活動での中でも危険性の高い活動であり、万全の安全措置が要求される。さらに、本件事故時の本件ヨットの帆走は、入部希望者の試乗を兼ねた練習目的であり、部員のみの帆走に比べても危険性が高い事情があった。

(三) 被告高校としては、一般的に、ヨット操船の経験豊かな指導者をヨット部顧問として配置し、ヨット部員に対し安全帆走のための教育を十二分に行い、号笛、石油缶等の危険防止用具を船内に具備させるとともに、危険が生じた場合には右号笛、石油缶等を使用し、有効な音響による信号を行い、衝突のおそれのある態勢で接近する他の船舶との衝突を防止できるよう指導すべき義務があり、また、本件事故時のように部員以外の者を乗せて帆走する場合には、ベテランのヨットマンを艇長として乗船させる、監視のため警戒艇を伴走させる等の措置を講じるべき義務があるのに、これらの義務に違反した。

さらに、本件においては、被告には、ヨット部員に対し、養殖作業船のための専用水路を帆走しないよう指導すべき注意義務があり、運動性の劣るヨットにゴム製ボートを船尾に引くような危険な行為をしないよう指導すべき注意義務があるのに、これらの義務に違反した。

2  被告

(一) 本件事故は、原告黒田が前方の見張りを全くしないまま本件漁船を進行させて、海上衝突予防法上針路の優先権のある帆船である本件ヨットに衝突させたものであり、原告黒田の一方的過失により発生したものである。

(二) 被告高校には、知育、徳育及び体育の調和のとれた教育による豊かな人間性の育成等を目指し、その教育活動の一環として、ヨット部の活動を認めているところ、高校生ともなれば、精神的にも肉体的にもかなり発達しており、課外のクラブ活動における危険防止についても、生徒自らの判断能力及び危険回避のための行動能力も十分に期待できるのであって、クラブ活動は、原則として、生徒の自主性に任せるべきものである。したがって、被告高校が、クラブ活動について、指導監督上の注意義務を負うとしても、それは、生徒の行うクラブ活動が本来の目的を逸脱し、又はそのおそれがあるときに認められる例外的なものというべきである。また、本件事故は、海事関係者ですら予想できない態様のものであり、このような予見不可能な事故については、指導監督上の注意義務は問題とならない。さらに、本件事故時の本件ヨットの帆走が入部希望者の試乗を兼ねたものであったとしても、通常のクラブ活動の目的の範囲内のものであり、ヨット部員又は入部希望者に直ちに危険が及ぶものではない。

(三) 髙橋教諭は、前任のヨット部顧問が転勤となったため、ヨット操船について経験も知識もないにもかかわらず、自主的に顧問に就任したもので、対外試合の出場許可、部費請求、広島県高等学校体育連盟ヨット委員会への出席、対外試合及び合同合宿の引率等が主たる職務であり、また、ヨット部の活動は、ほとんど生徒が自主的に行っているものである。このような髙橋教諭の立場からすると、髙橋教諭は、ヨット部の活動について、指導監督上の注意義務を負うものではなく、ヨット部員に対する助言者ないし援助者にすぎない。

(四) 加えて、原告らが主張する音響による信号とは具体的にどのようなものか明らかでない(例えば、原告らの主張する石油缶については、本件ヨットにはこれを備え置く場所がないし、敢えて設置するとかえって危険なこともあり得る。)上、仮に、本件事故当時、音響による信号を行っていたとしても、これが原告黒田に聞こえなかった可能性が高い。また、本件ヨット程度の小型ヨットに、有効な音響による信号を行うことが出来る号笛、石油缶等を具備させること自体、我が国のヨットマンの常識としてあり得ない。

警戒艇の伴走については、本件事故時は平穏な天気であり、監視が必要な状態ではなかったし、ヨット部がある他の高等学校でも、警戒艇を保有しているところは少なく、保有していたとしても、常に伴走させているわけではない。換言すると、学校側に常にこのようなことを求めると、学校側の人的物的負担は多大なものとなり、クラブ活動は事実上不可能になってしまう。

また、本件ヨットの艇長であった二年生下村崇文(以下「下村」という。)は、一年生の時からヨット部に所属しているところ、本件ヨット程度の小型ヨットの操船は一年以上もの練習をすれば十分にベテランと言え、また、本件事故時の二年生は全員が財団法人広島県ヨット連盟(以下「県ヨット連盟」という。)主催の安全講習を受講し、バッジテストに合格し、初級の認定を受けている。

このほか、原告ら主張の養殖作業船のための水路については、幅が二〇〇メートルもあり、一般の船舶も航行可能なところであるし、本件ヨットでゴム製ボートを引くことで具体的にどのような危険が発生するのかも明らかでない。

(五) 仮に、被告側に音響信号による注意喚起等に関する指導をしなかった過失があるとするならば、本件事故については、伊藤等の被害者側にも過失があるというべきであり、伊藤の相続人等に対し、これらの過失を問題にすることなく損害を賠償した後、被告に対し求償するのは、権利濫用である。

第三  当裁判所の判断

一  本件事故の状況等

先に摘示した当事者間に争いがない事実に甲第一ないし甲第六号証、第二七号証、第三〇ないし第三八号証、第四五ないし第五八号証、第六〇ないし第七一号証、第七八号証、原告黒田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故の状況等について、次の事実が認められる。

1  原告黒田(一級小型船舶操縦士免状保有)は、平成七年七月八日午後零時四〇分ころ、作業員六名とともに、本件灯台からおよそ一三五度1.3海里の地点付近に所有する養殖筏に牡蠣を設置するなどのため、船長として本件漁船に乗り組んで、地御前漁港を出発し、右養殖筏付近で予定の作業を終了した後、同日午後三時七分ころ、帰途につき、本件灯台からおよそ153.5度1.1海里の地点において、針路を北二三度西に定めて手動操舵とし、機関を微速力前進にかけて、養殖筏列間の幅約二〇〇メートルの水路(以下「本件水路」という。)を進行した。

原告黒田は、本件漁船から、本件灯台からおよそ153.5度1.1海里の地点において、正船首方約四八〇メートルのところにほとんど航力のない状態の本件ヨットを視認でき、本件漁船がそのまま進行すると本件ヨットと衝突するおそれがある状況にあったが、数日前の豪雨により流れてきた浮遊物を避けるのに気をとられ、前方の見張りを十分にしていなかった。

原告黒田は、本件灯台からおよそ一五四度一海里の地点に達し、そのころ、付近海面の浮遊物が少なくなったが、なお本件ヨットの存在には気が付かず、速力を約二〇ノットに増し、そのまま進行を続けた。

2  被告高校ヨット部は、平成七年七月八日午後二時三〇分ころ、入部希望者の試乗を兼ねた練習の目的で、阿品海岸から厳島包ヶ浦沖に向って、メインセール及びジブセールを備え、部員である二年生下村を艇長とし部員である伊藤及び入部希望者である味呑が乗り組み、船尾に福永ほか一名の部員(ただし、福永については正式な入部手続は未了であった。)が乗ったゴム製ボート(長さ約1.95メートル、幅1.10メートル)を約2.3メートルの引き索で引いた本件ヨットを出発させ、同日午後三時五分ころ、本件灯台からおよそ一五七度一四五〇メートルの地点において、針路を南三四度東に定め、約3.2ノットの速力で本件水路を進行し、同日午後三時七分ころ、本件灯台からおよそ一五五度一六二〇メートルの地点に至ったところ、風が弱まったため、微弱な北北東流でほとんど航力のない状態となった。下村は、そのころ、伊藤をコックピット前部でジブセールのシート操作及び見張りに当たらせ、自らはコックピット後部に位置してメインセールのシート及び舵柄を操作していた。

下村は、平成七年七月八日午後三時九分半ころ、およそ右舷船首一一度二四〇メートルの地点に本件ヨットに向って接近してくる本件漁船を初めて発見し、特に注意喚起のための音響による信号を行うことなく、本件漁船を避けるため本件ヨットを水路の左側に寄せようと舵柄を左右に動かしたが、効を奏せず、危険を感じた下村及び伊藤が右舷側から海中に飛び込んだ直後、本件事故が発生した。

3  本件事故当時、付近海域の天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期で、本件事故現場付近には微弱な北北東流があった。

4  広島地方海難審判庁は、平成八年八月二九日、本件事故について、原告黒田を受審人、被告高校を指定海難関係人とする海難審判の裁決をしたが、そこでは、本件事故は、本件漁船の見張りが不十分で帆走中の本件ヨットを避けなかったことによって発生したが、本件ヨットが有効な音響による注意喚起信号を行わなかったこともその一因で、被告高校がヨット部の練習に際し衝突防止についての指導を十分に行っていなかったことは、本件事故の発生原因となり、原告黒田については、一級小型船舶操縦士の業務を一か月停止するとし、被告高校については、本件事故後に執った措置(後二4に認定のとおり)にかんがみ、勧告をしないとしている。

二  被告高校ヨット部の活動状況等

甲第七、第八号証、第一〇号証、第三〇号証、第四九号証、第五二号証、第五六号証、第五九号証、証人高橋俊之及び同松谷英明の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告高校ヨット部の活動状況等について、次の事実が認められる。

1  被告高校ヨット部は、昭和四〇年に発足し、平成六年一二月に県ヨット連盟から借用した本件ヨット及び被告所有のエフ・ジェイ四八二の二艇のヨットを使用し、土曜日及び休日に広島県の阿品海岸沖及び厳島包ヶ浦沖の海域で練習をしていた。

2  髙橋教諭は、平成元年四月、それまでの被告高校ヨット部顧問が転勤になり、他に特に適当な教諭もいなかったことから、ヨット操船については知識も経験も有していなかったが、後任の顧問に就任した。

髙橋教諭の顧問としての職務は、広島県髙等学校体育連盟ヨット委員会の出席等の対外的な調整事務のほか対外試合等の引率が中心であった。髙橋教諭は、平成五年に四級小型船舶操縦士の免許を自発的に取得したが、その後も自らヨットを操船したことはなく、また、ヨット部の練習に際し、生徒の操船するヨットに二回同乗したことがあったものの、ヨット操船技能は数か月程度で一応のものを身に付け得ることから、通常は、一学期の途中までは三年生部員に、その後は二年生部員に下級生の指導を委ねて、警戒艇を伴走せずに生徒だけで練習させていた。そして、松谷校長も、このような指導監督態勢を特に問題としたことはなかった。

さらに、髙橋教諭は、年に一度の県ヨット連盟主催の安全講習にヨット部員を参加させ、バッジテストに合格させるとともに、ヨット部員に対し、気象情報に対する注意、救命胴衣着用の指導等をしていたが、本件事故前には海上衝突予防法三三条二項の規定を知らず、ヨット部員に対し、接近する他の船舶との衝突防止のため何らかの音響による信号を行う手段を講じさせる等の指導はしていなかった。

3  本件事故当日の入部希望者の試乗を兼ねた練習は、被告高校ヨット部員の判断で、髙橋教諭に相談なく実施された。

4  被告高校では、本件事故発生後、安全点検委員会を開催し、校外で練習を行う運動部の安全について検討し、ヨット部については、顧問教諭のほかに専任指導者を置き、警戒艇を配備する等の措置を執れば教育趣旨に合致する部であるとして、これらの措置を執るまでの間、ヨット部を休部させることとしたが、警戒艇を購入する等これらの措置を執った後、活動を再開させた。

5  広島県内における高等学校のうちヨット部があるところで、警戒艇を保有する学校は、国泰寺高等学校のみであるが、同校は、ヨット部の活動に力を入れている学校であり、これをヨット部の練習に伴走させていた。

三  被告の注意義務違反の有無及び本件事故に対する寄与の程度

1  海上衝突予防法九条二項は、航行中の動力船(漁ろうに従事している船舶を除く。以下同じ。)は、狭い水道又は航路筋において帆船の針路を避けなければならない旨、同法一八条一項は、右条項のほか、航行中の動力船は、帆船の針路を避けなければならない旨、同法三三条二項は、長さ一二メートル未満の船舶は、汽笛及び号鐘を備えることを要しないが、これらを備えない場合は、有効な音響による信号を行うことができる他の手段を講じておかなければならない旨それぞれ規定する。

そして、右のような法令関係を前提として、前一に認定の事実を見ると、本件事故については、本件漁船の見張りが不十分で帆走中の本件ヨットを避けなかったことが主たる原因ではあるが、他方、本件ヨットが有効な音響による信号を行うなどの緊急時の対応をしなかったこともその一因というべきである。

この点について、被告は、音響による信号とは具体的にどのようなものか明らかでない旨等を主張するが、原告ら主張の号笛、石油缶等の装備がおよそ不可能であるとは考えられないし、本件ヨットに、このような手段を講じられない事情がある場合には、代替措置として、有効な音響による信号を行うことができる警戒艇を伴走させる等の態勢を執ることも考えられる(これがクラブ活動を事実上不可能とするものではないことは、前認定の国泰寺高等学校及び本件事故後の被告高校の例からも明らかである。)。また、被告は、仮に、本件ヨットが音響による信号を行ったとしても、これが原告黒田に聞こえなかった可能性が高いとして、本件事故との因果関係も争うが、原告黒田本人尋問の結果によれば、原告黒田は、本件事故当時、本件漁船の操舵室に乗船していたものの、本件漁船のエンジン音の大きさは操舵室内の人と普通の大きさの声で会話ができる程度であることが認められ、このほか、前一1に認定のとおり、本件漁船には、原告黒田以外に六名の作業員が乗り組んでいたことからすれば、本件ヨットが号笛その他適宜の有効な音響による信号を行っていれば、これが本件漁船の乗組員に聞こえ、それにより本件事故を防げた可能性は十分にあるというべきである。

2 そこで、進んで、この点に関する被告高校のヨット部の指導監督において、注意義務違反があったか否かについて判断するに、まず、ヨット操船については、ヨットの航行場所(海上)、航行環境、航行能力、操船に必要とされる技能等に照らし、本件事故のような衝突事故の発生可能性を含め本来的に一定の危険が内在し、その程度も他のクラブ活動に比しても高いものと言い得るから、学校の教育活動の一環たる課外のクラブ活動としてのヨット部の活動については、その指導に当たる者は、その練習等によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負っていると解される。そして、高等学校の課外のクラブ活動の場合、生徒の精神的、肉体的発達の程度等に照らし、義務教育課程にある生徒とは異なり、一定程度その自主性を尊重した運営を図ることは一つの教育方針ではあるが、だからといって、先に見たヨット操船の内在的な危険にかんがみると、なお未成年にすぎない生徒の安全確保について、原則として生徒の自主性に任せるべき、あるいは、これに関する指導監督義務は例外的なものとは言い難い。

このような観点から、前二に認定の事実を見ると、髙橋教諭がヨット部に対してした指導は、生徒に対し県ヨット連盟主催の安全講習を受講させる程度にとどまり、基本的には、具体的な活動に関する指導を三年生又は二年生の生徒に任せきりにし、海上衝突予防法三三条二項所定の措置を執るべく指導をしていなかったものであり、松谷校長もこのような指導監督態勢を容認していたのであるから、髙橋教諭及び松谷校長には、本件ヨットに対し有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった点において、本件事故の発生について指導監督上の過失があったというべきであり(なお、右のとおり、被告側の過失は、日常の一般的な指導監督における注意義務違反にあるので、本件事故当日の練習が髙橋教諭に相談なく実施されたことが、被告側の過失の有無及び程度を左右するものではない。逆に、本件事故時の練習が入部希望者の試乗を兼ねたものであったとしても、これにより直ちに危険性が高まるものではないので、このことが原告ら主張のような注意義務を生じさせるものでもない。)、その使用者である被告には、民法七一五条所定の使用者責任がある。

もっとも、県ヨット連盟の専務理事である証人瀬尾潔は、霧の発生する時期以外では、本件ヨット程度の小型ヨットに音響装置を搭載せよとの指導は聞いたことがない旨証言するが、海上衝突予防法三三条二項所定の措置は法律上明記された義務であり、かつ、衝突の防止に有効性のある措置というべきであるから、右証言のような慣行があるからといって、被告側の過失が否定されるものではない。

なお、原告らは、被告側に右以外でも、ヨット部員に対し、養殖作業船のための専用水路を帆走しないよう指導すべき注意義務があり、運動性の劣るヨットにゴム製ボートを船尾に引くような危険な行為をしないよう指導すべき注意義務がある旨主張するが、これらの義務を基礎付けるべき法令上又は事実上の根拠は見当たらず、あるいは、仮にこのような義務があるとしても、義務違反と本件事故との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠がないから、これらの点に関する原告らの主張は失当である(これらの点に関する第二の二2(四)記載の被告の主張に理由がある。)。

3  そして、先に見た海上衝突予防法の規定を念頭に置きつつ、本件事故の態様、発生原因等を見ると、本件事故については、右のとおり被告側にもクラブ活動に関する指導監督上の注意義務違反があるものではあるが、原告黒田の過失は、本来、針路に関する優先権を有しない者における前方不注意という最も基本的な注意義務違反であって、これが本件事故の主たる原因であることは否定できず、結局、原告黒田の過失と被告側の過失とが本件事故に寄与した割合は、前者が九割、後者が一割とするのが相当である。

四  被告主張の権利濫用の有無

権利濫用に関する被告の主張(第二の二2(五))の趣旨は、必ずしも明確ではないが、本訴で問題とされているのは、被告側のクラブ活動の関する指導監督上の過失であり、これが直ちに伊藤等の過失に結び付くものではないので、被告の右主張は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告らの請求は、原告黒田については、被告に対し、二七二万二七六七円及びこれに対する伊藤の相続人及び味呑への損害賠償の日よりも後日で福永への損害賠償の日の翌日である平成九年一一月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告組合については、五〇〇万円及びこれに対する伊藤の相続人への損害賠償の日の翌日である平成七年一二月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があり、その余は失当であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条、仮執行宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官畑一郎)

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